「ヘナ」について調べている研究者はいないのか・・・いつも気になっていました。
化学物質が入っているヘアカラーと違って、シンプルなヘナは研究対象として興味が持ちづらいのかな? 大手ヘアカラーメーカー寄りの研究者はいるだろうにな・・・そんなことを想像していましたから、杉原利治さん(岐阜大学名誉教授)のヘナに関する研究を紹介したサイトを見つけたとき、うれしくなりました。
今回、杉原さんにお会いして、ヘナに”あるもの”を添加して濃く染める方法、ヘナの保護効果について知ることができました。”あるもの”とは、硫酸ナトリウムと食塩です。どちらも手軽に入手できます。ぜひ、試してみたい貴重な情報です。
ヘナと髪の実験をしていた研究者がいた!
杉原利治さんは岐阜大学教育学部の教授時代、2008年にヘナの実験をされていました。わたしがヘナ染めをはじめた年になります。15年以上前にヘナのことを調べていた研究者がいたことに驚きました。
岐阜大学の名誉教授で「環境情報論」が専門。生体高分子(生体内に存在する高分子の有機化合物)の研究をされてきました。
退職後の現在は中山道56番美江寺宿(岐阜県瑞穂市)にて、古民家ミュージアム「故玩館」を運営されています。
ヘナの研究をされている研究者に出会ってこなかったので、なぜ、ヘナで実験をしようと思われたのか、直接お聞きしたいと思い、岐阜に伺いました(2023年5月22日、岐阜市瑞穂市)。
髪のことをご研究されてこられたのですか?
生体高分子の研究をする中で、シャンプーやリンスの髪への影響を調べていました。
髪にどう付着するのか、髪の形がどうなるか・・などです。
髪の毛の90%は「ケラチン」というたんぱく質で構成されています。たんぱく質も生体高分子です。
ヘナのことは、どうして知ったのでしょうか?
ヘナ染めをしている学生がいて、それでヘナのことを知りました。
それで、ヘナで髪の実験を?
ヘナの作用についてほとんど研究がされていなかったので、
少し実験をしてみました。論文にはしていません。
ヘナの実験「ヘナ(ローソン)による毛髪の保護効果」
杉原さんが実験された「ヘナ(ローソン)による毛髪の保護効果」の目的・方法・結果になります(「日本家政学会研究発表要旨集」 2008年より)。
【目的】
毛髪のカラーリングは、処理剤による毛髪の損傷や安全性への懸念など、さまざまな問題を抱えている。そんな中、植物由来の染料、ヘナ(主成分、ローソン;2-ヒドロキシ-1,4-ナフトキノン)が注目を集めている。
本研究では、ヘナの主成分ローソンの毛髪への吸着条件と吸着量、そして、毛髪損傷に対する保護効果を検討した。
【方法】
ローソンの吸着量は、ローソン溶液(5×10-4mole/l, 緩衝液6ml)に毛髪0.2gを加え、30℃で24時間振騰した後、460nmでの吸光度の減少量から求めた。洗髪は、シャンプー処理(10%SDS水溶液25ml中で毛髪0.5gを1分間攪拌)、すすぎ(蒸留水50ml中で3分間攪拌)、リンス処理(1%塩化デシルトリメチルアンモニウム液25ml中で1分間攪拌)、すすぎ、ドライヤー乾燥(2分間温風加熱)の一連の処理を、1回の洗髪とした。毛髪の表面状態は、SEM、FT-IRによって調べた。
【結果】
1)ローソンの毛髪への吸着
吸着は溶液pHに大きく依存し、アルカリ側では吸着量が非常に少なく、pH4-5付近で吸着量が極大となった。非イオン界面活性剤、ベンジルアルコール、ミョウバンなどは、吸着に影響を及ぼさなかったが、Na2SO4を高濃度に添加した場合は、吸着量が増大した。
2)洗髪ダメージに対するローソンの保護効果
洗髪回数がふえるにしたがって、いずれの毛髪も損傷が顕著になった。しかし、ローソン処理をした毛髪では、キューティクルの浮きやはがれが少なく、ローソンの保護効果が認められた。特に、パーマや漂白を施した毛髪において、大きな違いがみられた。FT-IRによって、吸着したローソンの一部は、1,4付加により、ケラチン側鎖に結合していることが示唆された。
「日本家政学会研究発表要旨集」 2008年
<ヘナ実験>濃く染めるため硫酸ナトリウムと食塩を添加
ヘナ実験の目的を教えてください。
1つは、ヘナの吸着量を増やして、濃く染めることができないか、です。
市販品では化学染料が添加されているものもありましたから・・・。
実験結果から、硫酸ナトリウム(芒硝、Na2SO4)、食塩(NaCl)などの「中性塩」を加えればヘナの吸着量が増加し、濃く染めることができることがわかりました。ヘナの吸着を促進させます。
中性塩とは、水に溶かしたとき、酸性でも塩基性(アルカリ性)でもない塩のこと。
ヘナの吸着量を増やして、濃く染めることについて、
詳しく説明いただきました。
厳密にいえば、温度を上げたり、電解質を添加する効果は、必ずしも絶対的な染着量を増すのではなく、染着速度を増すと考えたほうがよいです。
私たちが何かをする場合、すべてある時間内での出来事です。もし、電解質を加え(温度も上げると効果大)て染着速度が3倍になるなら、3時間かかったところが1時間で同じ濃さになります。同じ時間で、電解質添加、加熱なら、そうでない条件に比べて、結果としてヘナの吸着量が増えたことになります。(杉原利治)
硫酸ナトリウムをヘナに加えると・・・
硫酸ナトリウム(無水ボウ硝)と聞くと「硫酸なんて大丈夫なの?」と思ってしまいますが、粉末洗剤の添加物に使用されている洗浄助剤です。乾燥剤、浴用剤、ガラスやパルプの製造、染料の希釈液にも使用されています。
硫酸ナトリウムは中性で、それ自身は洗浄力を持っていませんが、界面活性剤と一緒に使うことで洗浄力を高めてくれます。粉末洗剤をサラサラした状態に保つ働きもあります。
◆硫酸ナトリウムの説明(高杉製薬のサイトより)
硫酸ナトリウムは、Amazonでも楽天でも販売していました(1キログラム)。
塩をヘナに加えると・・・
塩は、藍染でも使用されています。藍にもインディゴと呼ばれる成分が含まれています。藍の葉に塩をふりかけて揉んでいるのを見たことがありますが、塩が染料と結合して安定し、色落ちが防げるということなのでしょう。ヘナだけではなく、インディゴ染めも濃く染まるかもしれません。
「ヘナに塩」というのは、見落としていました。塩は手軽に手にできますね。ただし、塩もいろいろありますから、質によって違いが出てくるかもしれません。
どちらが濃く染まる?
では、硫酸ナトリウムと塩、どちらのほうがより濃く染まるのでしょうか?
ここで、ちょっと理科の電離の勉強。
電離とは、物質が水に溶けて陽イオンと陰イオンに分かれること。電解質は水に溶けて陽イオンと陰イオンに分かれる物質のこと。
1価、2価の陽イオン(プラスのイオン)、陰イオン(マイナスのイオン)など、試験のときに覚えましたよね。
◆硫酸ナトリウム Na2SO4 → 2Na+ + SO42-
◆塩 NaCl → Na + + Cl-
硫酸イオンは、電子2個を失ってできた2価陰イオン。塩化物イオンは、1価陰イオン。
1価の塩よりも2価の硫酸ナトリウムのほうが、濃くなる可能性が高いと言えそうです。
砂糖が濃く染まるというのも聞きますが、どうでしょうか?
砂糖は非電解質で電気を通さないので、添加しても変わらない。
濃くならないですね。
中学校の理科で、砂糖は水に溶けても分子は電気的に中性だから、電気を運ぶことができない。食塩(NaCl)は水に溶けて1価の陽イオン(ナトリウムイオン)と1価の陰イオン(塩化物イオン)にわかれて電気を運ぶといった実験をしたように思います。
どれくらいの量を加えるとよい?
硫酸ナトリウム、塩はどれくらいヘナに加えるとよいですか?
有効な添加量を知るには、
実際に添加量を変えてやってみることが必要ですね。
目安として、どのあたりを基準にしたらよいでしょうか?
溶ける限界があります。
最大10~20%(水に対しての割合)位だと思います。
こういった実験、わたしでもできますか?
できますよ。
1000倍顕微鏡でも確認できることもあるようです。水(温湯)に溶ける限界があるということ、目安のパーセントもお聞きできたので、さっそくわたしも試してみたいと思いました。
塩も硫酸ナトリウムも手軽に入手できますから、ヘナ愛用者のみなさん、ヘナサロンの美容師&理容師のみなさん、ヘナメーカーのみなさん、ぜひ試していきましょう。
電解質添加よりも、温度のほうが効果が大きいと思います。
加温効果はいままでも言われていますから、あらためて試して、チェックしていきます。
<ヘナ実験>キューティクルが剥がれにくい「ヘナ効果」
染まり具合以外にはどんなことがわかりましたか?
もう1つの実験の目的は、
着色以外に、ヘナの効果があるのか?です。
実験結果は、洗髪回数が増えるにしたがって、いずれの毛髪も損傷が顕著になったが、ヘナ染めの髪はキューティクルの浮きやはがれが少なく、ローソンの保護効果が認められました。
理容室から譲ってもらった髪の毛で実験したので、ほぼ男性の髪。パーマなし、ヘアカラーなしの髪です。
特に、パーマや漂白を施した毛髪(脱色した髪)で大きな違いがみられました。毛髪損傷の目安であるキューティクルの剥離を抑える効果が出ました。
ヘナを使っている女性のヘナの使用感、実感と一致するのではないでしょうか。
「ヘナのせいではない」にドキッとする・・・
「どのシャンプーがヘナにいい?」と聞かれることがあります。わたしはヘナ染め後のサラサラ感が大好きなので、シャンプーはしません。次のときは、残ったヘナを使って髪を流し、トリートメントのようにしています。ヘナ染めを月2、3回するようになって、シャンプーする回数も減りました。ときどきシャンプーでキシみを感じることがあっても、ヘナ効果がわかっているから気になりません。
ヘナは弱酸性。pHからみると弱酸性のシャンプーとの相性がよくても、たとえばpHがアルカリである石けんシャンプーはキシミが出るなど、シャンプーによっては相性が悪いとも言われるヘナです。
それについて、杉原さんから「ヘナのせいではなく、シャンプー後にお酢(酸性)を使うなどの方法、工夫ができます」と言われました。工夫次第もその通り。ヘナとの相性をいろいろ気にしていましたが、「ヘナのせいではない」というのを聞いて、妙に納得してしまいました。「ヘナ愛💛」を伝えたいのに、ヘナのせいにしていたことを反省しました。
古民家ミュージアム「故玩館」
大学を退職後、杉原さんはご実家の古民家にて、ミュージアム「故玩館」を運営されています。
場所は、中山道にある美江寺宿(中山道56番目の宿場)。
濃尾大震災(明治24年、1891年10月28日、推定M8.0の直下型地震)で母屋は倒壊しましたが、震災後、江戸時代からの材木、骨組みを使って再建しました。杉原さんはそこで幼少期、暮らしていました。10数年前に残せるものはできるだけ残してさらに再建をし、120年前の状況をいまに伝えています。
古民家は「呼吸する家」だなあと思いました。江戸時代の梁はとても立派。煤けた梁や柱の色は塗装では出ない色です。
古民家の館内は、能楽関連、古面、古陶磁、書画、掛け軸、中国や韓国をはじめ先住民族の芸術作品・・・etc、杉原さんがいままでネットオークション、骨董屋などで収集されてきたコレクションでいっぱいでした。また有機農業、鼓、横笛を日々、堪能されておられます。
クレオパトラも利用し、草木染、髪、唇、爪への色づけの歴史も古いヘナです。持続可能性社会に必要な「環境論」を2000年以前に提言され、古きものを愛されて大事にされている杉原さんだからこそ、ヘナにご興味を持たれたんだと思いました。
「故玩館」で気になったアンティーク
わたしが興味をもった杉原さんのコレクションはこちら。ほんのほんの一部です。「故玩館」にお出かけください。