「美容師」が登場する作品(3)漫画&小説「塀の中の美容室 」~ 受刑者でもある美容師と女性客のふれあい&再生の物語

漫画・コミックを読む 隋感随筆
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わたし(「ヘナ愛」管理人)が見て、読んで、感じた「美容師&理容師が登場する作品(映画、ドラマ、本、コミックなど)を紹介。印象に残ったものの中から、ちょっと考えさせられる、考えなくてはいけないような作品を選んでいます。

漫画&小説「塀の中の美容室 」

編集家@山中登志子
編集家@山中登志子

刑務所内にある美容室での受刑者でもある美容師と女性客たちの物語。

コミックでは物語の案内役が週刊誌記者で、主人公の美容師の新たな歩みを見守る存在として登場する(小説はテレビ局社員)。刑務所の中での出来事中心で1話完結。刑務官、加害者家族の視点も加わっている。今回はコミックの紹介。*ネタバレも含まれています。

あらすじ&解説(「ビッグコミック」サイトより)

第24回文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 優秀賞受賞!!

女子刑務所の中に、“一般人”が通う美容室がある。

その美容師は、重い罪を犯した者――
服役中に美容師の資格を取った小松原葉留は、天井から壁まで青空が描かれた「あおぞら美容室」で、一般客の髪を切っている……何も持ち込めず、何も持ち帰れない美容室で紡がれる、ひとりの受刑者と女たちの、再生の物語。

第1話 芦原志穂、第2話 刑務官・菅生、第3話 鈴木公子、第4話 小松原葉留、特別編 エピローグ

壁と天井に「青空」が描かれている美容室

刑務所内に美容室があることは数年前、偶然見たテレビ番組で知った。

女子刑務所が舞台と聞けば、暗い、陰湿的で特異なイメージを持ってしまうのではないか・・・ しかし、このコミック「塀の中の美容室 」は、あたたかい絵柄とあわせて、そういった思い込みや期待をよくも裏切ってくれる。

壁と天井に青空が描かれている美容室「あおぞら美容室」。解放感いっぱいの空の下、美容師で受刑者、そしてお団子ヘアの小松原葉留がお客さんをカットしている表紙がわたしは好きだ。

Bitly

しかし、美容師の資格を取るにはあるていどの時間が必要となるので、刑務所で美容師になったということは、主人公の小松原葉留が重い罪を犯したことになる。

そんなごくごくふつうの疑問を感じるはず・・・。彼女の罪も明かされていく。

コミックでは物語の案内役が週刊誌記者(芦原志穂)で、主人公の美容師の新たな歩みを見守る存在として登場する(小説はテレビ局社員)。

上司から「女の不幸がたくさん集まっていそう」「読者はそういうのが大好物」と刑務所内の美容室取材をいきなり命じられた。上から求められる仕事に納得できないともんもんとするあたり、取材する側のわたしも感情移入してしまった。

お客は、受刑者との雑談はNG。取材する側として当然のごとく「犯罪者に刃物を持たせて、何かあったらどう責任をとるんですか?」とストレートに質問する。男性はいいの? 子どもは? ペットと一緒は? etc などの疑問もだ。

美容師の”言葉のマジック”に背中を押される


女性の髪には「神が宿る」と言われる。「髪」は神様の「神」で、髪の毛は神様に通じるものと考えられ、髪には神秘的なパワーが宿り、生命力のシンボルとして崇められてきた。からだのてっぺん、一番上にあるので、太陽から届く光をいちばん最初に受け、力を宿すとも言われている。

髪は1カ月に約1センチ伸びる。物語の案内役の週刊誌記者(芦原志穂)は仕事が原因で失恋し、恋人とつきあっていた2年3か月に伸びた「27センチ」分のカットをお願いした。髪を切ることで想いを断ち切りたいという意味もあったが、自然と涙が出てくる。そんな記者に「涙なんてあくびやくしゃみと同じですから。生理現象のひとつですよ」と言って、タオルを差し出す。

髪をカットする、ヘアスタイルを変えたいと思う気持ちは人それぞれ、いろいろだ。髪の毛は神様に通じるといえば、それをお手伝いするのが美容師、理容師とも言えそうだ。

リモートでの仕事が進む一方で、仕事の内容も変化してなくなりつつある職業も出てきたが、対面の仕事でないとできない美容師、理容師はリモートにはなり得ない。コミュニケーションが必須だ。

わたしも、顔の大きさを隠すため髪を長く伸ばしていた高校の頃は「隠す」でがんばっていた。ソバージュヘアはもう卒業かな・・と思って出かけた美容室の男性美容師から「あなたは顔が大きいから短くしてはダメ」と言われ、反論もできず、すぐにほかの美容室で短くカットしたこともあった。池袋の美容室で「短くしたほうがあなたの個性が出ますよ~~」と女性美容師にすすめられて以来、わたしはずっとショートヘア。20年以上になる。

美容師、理容師の「言葉の魔力」ってすごい。負のエネルギーであっても・・・。このコミックでも美容師の言葉で女性たちが背中を押されている。

抗がん剤で髪が抜ける前に、いままで大事にケアしてきた髪をカットしようと自暴自棄になった女性に、カットした自分の髪でウィッグを作ることをすすめた。そのときのセリフ「過去を、忘れようとして髪を切る人がいます。過去を忘れないようにと、髪を伸ばし続ける人もいます。だとしたら、過去を大切にしようと、そばに置いておく人がいてもいいと思うんです。」

罪を犯した彼女自身、伸ばし続けるお団子ヘアへの思いもあっての言葉だろうが、過去とさよならするではなく、つきあっていけないかを考えてみることも大切だと気づかされる。思いを断ち切るためのお手伝いとは違って、なかなかこういう言葉は出てこない。

取材先は岐阜県・笠間刑務所内「みどり美容院」

この「塀の中の美容室」の原作者 桜井美奈さんによる取材先は、岐阜県の笠松刑務所内にある「みどり美容院」。リアルに存在する美容室だ。

『中日新聞』(2022年9月7日付)の記事によれば、東海、北陸地区などで罪を犯した女性受刑者を収容する笠松刑務所の敷地内に一般の人も通える「みどり美容院」がある。女性刑務所では和歌山、栃木とともに全国に3カ所のみ。

笠松刑務所の中には美容学校があり、受刑者は刑務作業の一環として勉強し、服役中に美容師免許を取得していく。受刑者の出所後の社会復帰を考え1953年に開設されたというから、今年で70周年になる。

「みどり美容院」の美容師は、白いシャツ、黒いサロンエプロンをしていて、写真を見ただけだと受刑者だとわからない。

作者へのインタビュー記事によると、刑務官からOKが出ると2年間勉強し、最初は受刑者の髪で練習し、最終的に美容室に立つまでに6〜7年。2年間の訓練期間でほとんどの受刑者が合格しているという。

やはり学校に通うのはそれなりに受刑期間が長い女性ということになる。

この美容室には一般の店舗とは大きく違うルールがあって、天気の話や髪形のリクエストはよくても、雑談はNG。出入口は施錠、刑務官が監視。料金はカット900円くらい、カラーは2000円くらいとお安め。

とはいえ、美容師になっても順風ではない。元受刑者ということで、美容室への就職は難しく、また年齢という障害もあるという。

井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る

井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る
井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る

美容室の中に「青空」が描かれているのには意味が込められていた。

塀の中の受刑者たちは「大海を知らない蛙」。だからこそ、蛙が空を見上げて、その深さや青さを知るように、塀の中で一つのことに集中すればわかることがある。狭い世界だからこそ、ひとつのことを深く知ることができる…そんな刑務所所長の思いから「あおぞら美容室」になった。

それが、ことわざ「井の中の蛙大海を知らず、されど空の青さを知る」。

小さな世界に閉じこもり、知識や見聞が狭いことの例えだ。しかし、狭い世界にいるからこそ、一つのことを深く知ることができる。

確かに、広い視野をもって世界を見渡すことで、自分の小ささや愚かさに気づける。しかし、たとえ狭い世界だったとしても、地道にその道を究めていけばその世界の深いところまで達することができることもある。・・・うーん、耳が痛いな。

悩む記者に対して「とりあえずひとつだけ決めて頑張ってみたら、他のこともまた連鎖していい方向に進むような……そんな気がします」と美容師が答える。

人生がただ消費されるだけのゴシップネタにならないためには・・・

異色の設定ともいえる「塀の中の美容室」。

人生は思うようにいかず、ままならないことも多い。ときには判断を間違い、過ちを犯すこともある。そんな人たちのもろもろの「再生」の物語だ。

家族の物語ともいえる。加害者と被害者だけではなく、加害者にも被害者にも家族がいる。このコミックは、罪を犯した者、そのことで巻き込まれる家族のどちらかに寄りすぎることもなく、犯罪への同情をすることも助長することもない。これも、表現の力だとも思った。

リアルに存在する美容室なので、興味本位で訪れる人もいるかもしれない。受刑者はそういう人とも向き合うことにもなる。

興味本位といえば、会社の上司からは「もっと不幸でかわいそうなネタ」を記者は求められていた。取材する側として、出所後の受刑者の取材について、デリケートな話題でどこまで踏み込んでいいのか? 「読者に興味をもってもらう必要があっても、その人たちの人生がただ消費されるだけのゴシップネタになっていないか、いつもその境目で悩んでいるのです」と記者が美容師に吐露していた。

わたしもこの悩みを持ち続けている。いや、これは、忘れてはいけない悩みであって、明確な答えは出なくてもこういうことを考え続けることが大事なんだと思っている。それを確認できたコミックでもあった。

「塀の中の美容室」桜井美奈さん、小日向まるこさんインタビュー 刑務所内で髪を切る受刑者と女性客の再生の物語|好書好日
今年8月末、ツイッターに投稿されたある漫画の第1話が、3日後には15万いいねを突破しました。漫画のタイトルは『塀の中の美容室』。「ビッグコミック」で連載後、2020年8月28日に単行本化されました。女子刑務所内の美容室を舞台に、訪れ...
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