2018年夏、父はくも膜下出血で意識のないまま療養中でした。わたしは美容学校3年目。病院内の理容師にカットをお願いしたところ「(お父さんは意識がないから)どうせわからないでしょ!」と言われて、丸坊主にされるところでした。心ない理容師の強烈な一言から、人間の尊厳、美容師&理容師の想像力、福祉美容の話を考えました。
「中国新聞」に人生初の投書、「心を酌める美容師に!」
父(85歳)がくも膜下出血で倒れた
50歳で美容師に挑戦すると決めたときも応援してくれ、難病のわたしがやりたいことをずっと後押ししてくれていた父に、美容師になったことを報告できませんでした。それがいまでも心残りです。
2018年GWの早朝に家で倒れて、救急車で運ばれてから7カ月の寝たきり入院生活でした。くも膜下出血でした。目を開けることもあったり、「ア―ウー」と声を出したり、一時期うなずいたようにも見えましたが、けっきょく会話もできないまま亡くなりました。
意識がずっとないままの父が入院時、かなり伸びた髪のカットをお願いしたとき、理容師からひどい言葉を浴びせられたことをいまでも思い出します。
理容師「お父さん、どうせわからないでしょ!」
月1回、理容室での整髪を楽しみにしていた父でしたが、倒れてから髪はそのまま。倒れて3か月近くでかなり伸びきっていたので、病院内にある理容室に病床でのカットをお願いしたときのことです(2018年7月21日)。
年配の男性理容師が「坊主にしますか?」と母とわたしに聞いてきたので、わたしが「父はいままで坊主にしたことがないから、嫌がると思います」と伝えたら、「でも、(お父さんは)どうせわかんないでしょ!」と父にも聞こえるように言ってきたのです。
わたしは「そういう問題ではないです」と強く言い返しました。その後、いや~な空気が流れる中、父はバリカンで雑に、短くカットされました。病院内の出張カット料金は2500円でした。
これから美容師になろうとしているわたしにとって衝撃的な出来事でした。
すごく悔しかった。許せなかった。
わたしの家族がこんな悔しい体験をしたということは、ほかにも同じような思いをした人がいるはずだ・・・。
*勝手に坊主にされた患者もいるかもしれない。
*何度もカットしなくていいでしょ(お金もかからずにすむでしょ)とでも言いたいのだろうか?(でも、理容師はそのとき、何も言い返さなかった)
*それに、街中にある理容室ではない。病院の中の理容室なのだから、こんなことが繰り返されてはいけない。
そんなことをあれこれ思って、病院にクレームをすることを考えました。口頭でのクレームではその場で片付けられるかもしれない。きちんと文章にして提出しよう・・・と。
初の投書への反響
父は変わらず、意識がないままでした。カットされた父の髪を見ながら、その夏はずっと悔しい、悲しい思いを持っていましたが、父の転院、わたしは美容学校のスクーリングがあってすぐに行動に起こせませんでした。
文章で病院にクレームを伝えたとしても、病院内での1患者の家族との出来事で終わる可能性も高いのではないか・・・これはもっと根源的な問題で記録しておかないといけないと思い、人生初の投書をすることを決め「中国新聞」に投書をしました。
投稿「広場」の担当者から電話がかかってきて、「よい記事ですね」と言われ、そういえばわたしは、父から「思っていることを誰にでも伝えなさい」と育てられたことを思い出しました。
そのとき、掲載された「投書」がこちらです。(2018年9月7日)
反響もあって、妻がくも膜下出血から意識が回復したといったお手紙もいただきました。その奥様がわたしと同じ名前だとのことで、心強く感じました。
まわりに美容師になることをほぼ伝えてこなかったので、この「投書」がカムアウトになったとも言えます。美容師になることを応援してくれるメッセージももらいました。
複雑な思いもありましたが、投書してよかったと思いました。
父の”遺言”「人間の尊厳を理解できる美容師を目指せ!」
父、病床での”最後のカットに救われた
その年配の理容師が「投書」を読んだのか、誰かから話を聞いたかはもちろん知るすべもありません。まだその病院内で理容室を営業されています。看護、介護の近くにいる理容師としての向き合い方、また意識がなくても生きている人の「尊厳」を考えるきっかけになってほしいといまでも思っています。
その後、転院した先の病院で父は11月12日、最後のカットをしてもらいました。若い男性理容師が父を見ながら「髪型どうしますか?」と聞いてくれたとき、「お父さん、かっこよくしてもらおうね。坊主はダメだよね・・・」と言いました。
同じ理容師なのに、理容経験は年配者のほうがあるだろうに、この想像力の違いはなんだろうか?と思います。
カット中の写真を撮影しました。父の生前、最後の写真になりました。うっすらと目をあけ、鼻にレビンチューブ(鼻から胃に栄養剤を挿入する管)を入れ、ベッドの上でカットしてもらっています。いま見ても、ちょっとせつなくなる写真です。その後、父は1か月少しで亡くなりました。享年85歳。
7か月、意識が戻らなかった父でしたが、「人間の尊厳を理解できる美容師を目指せ!」と言われた気がしています。父の”遺言”だと心して、「想像力」をもってやっていかないといけない、がんばらないといけないと思い出す出来事になりました。
「福祉理美容師」認定へ
美容師資格を取得した後、2019年秋から山野学苑の「美容福祉技術講習」(4日間コースは受講料38,000円、すいコーム教材費9,500円)を受講しました。
福祉理美容師養成コース修了後、「福祉理美容師」に認定されました。NPO全国介護理美容福祉協会が訪問理美容を行なうための準備・手続き・保険などの実務をサポートしてくれます。
「生きるほどに美しく」がテーマ。ベッドに寝たままの状態での洗髪、髪のカットを専門の器具を使って学んだり、車いす実習をすることができました。残念なことに、コロナ禍で中断されてしまいました。受講期間中、五十肩でなかなか思うようにもできなかったので、落ち着いたらまた学び直したいです。
介護現場でもヘナ染めは時間を気にせずに安全にできるので、ヘナで「生きるほどに美しく」をこれから提案していきたいです。
わたしが「福祉美容」「美容福祉」により関心が強まったのは「(お父さん)どうせわからないでしょ!」の理容師の強烈な一言ですから、いろいろきっかけをもらったと思っています。
*福祉理美容師養成コースを修了した理美容師を日本美容福祉学会(美容師対象)、NPO全国介護理美容福祉協会(理容師対象)が「福祉理美容師」と認定します。
「投書」でもらった図書カードで買った本「ワンダー Wonder」
もらった図書カードで児童小説「ワンダー Wonder」を購入しました。
遺伝子疾患(トリーチャーコリンズ症候群)によって、生まれつき風変わりな容貌を持つ少年の物語。「全世界で800万部の感動作」と言われています。27回も手術を受けた主人公オーガストは変わった容貌のため学校で差別やいじめを受けますが、家族の愛情に支えられ困難を乗り越えていきます。章ごとに、本人、姉、友だち・・といろんな目線から描かれています。個性とはなにかがジワジワと感じられます。
映画「ワンダー 君は太陽」にもなりました。
この「ワンダー」も家族愛にあふれています。
わたしも「顔が変わる」病気(アクロメガリー、特定疾患)と向き合って40年になり、もし病気になっていなかったら美容師にもならなかったし、ヘナを広めたいとも思わなかったかもしれません。ましてや「想像力」ということすら考えないで生きてきたかもしれません。
小さいときから誰にでも言いたい放題で、わがままな個性を認めてくれた両親には感謝してもしきれません。父の”遺言”「人間の尊厳を理解できる美容師を目指せ!」を忘れずに、ヘナ染め美容師として頑張っていきます。